甘い生活
1974年10月20日に発売
作詞:山上路夫/作曲:筒美京平
歌:野口五郎
以前「私鉄沿線」という野口、筒美コンビの歌を紹介したことがあるのですが、発売の順番でいきますと、こちらが先です。野口さんはこの歌が大ヒットして正式に「御三家」の仲間入りした感があります。それまでは、ほかの二人に比べるとヒット曲がなかったのですね。
僕の曖昧な記憶では、レコード会社が作曲家の筒美さんと年間に3曲作るという契約をしたと聞いていました。その1曲目が甘い生活で2曲目が私鉄沿線、そして、次の3曲目は「哀しみが終わるとき」でした。一番ヒットしたのがこの「甘い生活」です。
♪あなたと揃いの モーニングカップは
♪このまま誰かにあげよか
僕はてっきり阿久悠さんの作詞かと思っていましたが、山上さんでした。こうして歌詞を読みますと、山上さんも阿久悠さんに負けず劣らぬ素晴らしい歌詞を書く方です。
♪愛があればそれでいいと
♪甘い夢をはじめたが
そう、若いと「甘い夢」を見がちなんですよねえ。
♪壁の傷はここにベッド
♪入れた時につけたもの
こういう具体的な描写が心をとらえます。
♪何かがこわれ去った
♪ひとときの甘い生活よ
あ~、青春って、壊すこと多いんですよねぇ~。
ほな、また、来年。
どうしてこんなに悲しいんだろう
この歌は大分前から知っていましたが、いつも書いていますように、大ファンということではなく、単に「いい歌だから」という程度の知り具合です。今回、ここに書こうと思ったのはネットでアルフィーの坂崎さんと拓郎さんと竹内まりやさんの3人で歌っている音源を聞いたからです。このときはなぜか竹内さんが仕切って、「次、拓郎」とか、歌う人を指名していました(笑)。とても楽しそうだったのが印象に残っています。
ウィキペディアに寄りますと、この歌はシングルでは発売されておらず、「人間なんて」というアルバムに入っているそうです。なのに、僕のような「なまかファン」でも知っているのですから、いかに有名だったかがわかります。
♪悲しいだろ みんな同じさ
♪同じ夜を むかえてる
たぶん、どんな人でも一人になったときは「悲しさ」を感じるのではないでしょうか。僕が学生時代にバイト帰りによく麻雀をやったり飲みに行ったり遊んでいましたが、いつも最後はみんなと別れて一人になるのですが、そのときに必ず「寂しかった」んですよね。楽しさのあとには必ず寂しさが来るのですから、「楽しさ」と「悲しさ」はセットではないか、と思ったものです。
♪人にもまれて
♪皆の中で 生きるのサ
そうなんですよね。人間って、結局人にもまれてしか生きられないんです。そんなことを考えさせる名曲でした。
それでは、また。
恋歌
1978年11月21日発売の吉田拓郎9枚目のアルバムの収録曲。
作詞:松本隆 作曲:吉田拓郎
この歌を知ったのは50代前半のコロッケ屋さんを営んでいた頃ですが、これを知ったきっかけは「言葉」という歌です。それでこの「恋歌」と「言葉」どっちを先に紹介しようかと悩んだ末に、この歌にしました。特に理由はありません。どちらにも共通しているのは、作詞が素晴らしいということ。その作詞家は松本隆さんでした。
僕は嗅覚に障害があり、毎日薬を鼻の中に垂らしているのですが、そのやり方が面倒くさいやり方で、仰向けに寝て、首の下に2つ折りにした座布団を入れて鼻の穴が上向きになるような姿勢にして、そこに垂らします。しかも、その状態を5分保っていなければいけないのです。もちろん、退屈です。それで聴くようになったのが幾つかあるのですが、その中の1つがこの「恋歌」でした。
♪あなたのくちびると風と雨
♪あなたのまなざしの絹の糸
とずっと素敵なフレーズが続くんですよ。これが、すごい感動なのです。特に僕が好きなのが、いえいえ本当は全部好きです。松本さんはよくぞこれだけ素敵なフレーズが思いつくものだと、まさに天才です。
繰り返しますが、すべての歌詞のひとつひとつが素晴らしいのですが、いつも心に刺さるのが
♪細い手の逆さ時計
♪舌足らずな言葉たち
今の若い人は時計のつけ方どうしてるんだろう。「逆さ時計」って意味わかるのかしら。この「逆さ時計」という言葉に少女フレンドとマーガレット、田淵由美子氏の「クロッカス咲いたら」を思い出すんですよねぇ。
昭和男でした。
ほな、さいなら。
悲しくてやりきれない
1968年3月21日発売
作詞:サトウハチロー 作曲:加藤和彦
歌:ザ・フォーク・クルセダーズ
この歌を思い出したのは、先月だと思いますが、フジテレビでアルフィーの坂崎さんがMCを務めた音楽番組があり、それに吉田拓郎さんが出演していたことに関係しています。その番組はリアルで見ることができませんでしたので、あとでyoutubeかなにかで「見れたらいいなぁ」と思っていたところ、youtubeで7分くらいの動画がありました。その動画は坂崎さんと拓郎さんが対談している形式だったのですが、そこで拓郎さんが加藤和彦さんについて話していました。
前にも書いたことがあるのですが、「自分は、加藤にレコーディングのやり方を教わった」と拓郎さんが話しているのを聞いたことがあります。その動画でも加藤さんの才能の素晴らしさを語っていたのですが、その加藤さんが作曲したのがこの「悲しくてやりきれない」です。
♪悲しくて 悲しくて
♪とてもやりきれない
とても純粋で素朴な歌詞です。サトウハチローさんならばこその歌詞と言えるのではないでしょうか。加藤さんはこの1つ前の曲「帰ってきた酔っ払い」が大ヒットして、次に発売しようと思っていた歌は「イムジン河」でした。しかし、ある団体からクレームがついて中止になったことで急遽この歌が作られたそうです。
詳しくはないのですが、「イムジン河」という歌は「朝鮮半島の歌」にルーツがあるということで抗議が来て販売中止になったそうです。これを書くにあたり、調べていく中で「パッチギ」という映画も関係していることを知りました。この映画のことは知っていましたが、背景については今回初めて知りました。
朝鮮半島の歴史も日本との関係性も何となくは知っていますが、それ以上は知りませんでした。この年になっても知らないことが多いことに「悲しくて 悲しくて やりきれない」です。
それでは、また。
月のあかり
1978年発売のアルバム『テキーラ・ムーン』に収録された楽曲
作詞:下田逸郎 作曲:桑名正博
歌:桑名正博
僕はこの歌はすでに紹介していると思ってたのですが、試しに検索したところ出てこなかったのです。これだけ好きなのに紹介していなかったことが驚きでした。
バラード中のバラードといった感じの歌です。僕はてっきり作曲も下田さんと思っていたのですが、作曲は桑名さんでした。下田さんが歌っている「月のあかり」も聴いたことがありますが、やはり桑名さんのほうが素敵でした。あくまで個人の感想です。
♪ふり向くなこの俺を
♪涙ぐんでいるから
いいですねぇ。この歌詞、光景が浮かんできますよね。
2番で
♪お前にしぐさの ひとつひとつが
♪どれだけこの俺 救ってくれたか
なのですが、今の時代ですと「救って」ではなく「癒して」くれたのほうがしっくりくるように思います。あくまで個人の感想です。
疲れているとき、落ち込んでいいるときは、バラードは最高です。落ち着きますよね。
ほしたらね。
風と落葉と旅びと
1972年6月21日発売
作詞作曲:松田りか
歌:チューインガム
この歌をいつ知ったのかは定かではありませんが、気がついたら知っていました。フォークソングそのものといった感じですが、覚えやすいですし、ハーモニーも素敵です。ただ、時間が短いのがちょっと残念です。今回書くにあたり調べたところ「天才小学生デュオ」といわれていたそうです。つまり小学生だったわけですが、そんな小学生が
♪風はいたずら旅行く人の
♪心の中をのぞいて通る
という歌詞を書いたのは凄いです。しかし、ちょっと意地悪な推測をするならお父様が音楽関係の方のようですので、大人が手伝った可能性は大いにありますよね。まぁ、それは一先ず置いておいて、
♪つらい思い出 悲しいことは
♪風にとばして みんな忘れよう
そのとおりです。
ほいたらね。
学生街の喫茶店
1972年6月20日発売
作詞:山上夫 作曲:すぎやまこういち
歌:ガロ
この歌で一番覚えているのは、記憶に間違いがなければ、月刊明星という雑誌に付録でついていた「ヤングソング」という歌集です。当時流行っていた歌の歌詞が収録されていた歌集なのですが、なぜかガロが表紙だったような気がします。すべてあいまいな記憶なので、間違っていたらごめんなさい。
とにかく僕の記憶では、その付録に「学生街の喫茶店」がギターのコードとともに収録されていた(ような気がします)。
1972年と言いますと、僕はまだ中学生だったのですが、そのときに
♪学生でにぎやかな この店の
♪片隅で聴いていた ボブ・ディラン
という歌詞なのです。僕の世代はモラトリアム世代と言われていたのですが、その一つ前の世代は「団塊の世代」と言われていました。この歌詞を聴いていますと、そんな「世代」のことを思い起こします。僕の印象では、この「団塊の世代」から世の中の風潮、ものごとの考え方が「変わった」ように思っています。例えば、中年になってもジーパンをはくようになったのは、まさにこの世代からです。それまで中年はスラックスをはくのが普通でした。つまり、通勤とか仕事ではないときに着る服・ファッションがなかったのです。
また、この頃の歌詞にはボブ・ディランさんがよく出てくるのですが、おそらく当時の若い人たちで、音楽に興味ある人たちが「米国の音楽」に憧れていたことのあらわれです。僕はその一つあとの世代ですし、そこまで「音楽が好き」いうほどでもなかったので、それほど強い記憶はありません。
♪あの頃は愛だとは 知らないで
♪サヨナラも言わないで 別れたよ
♪君と 君と
なんとなく、いかにもプロの作詞が考えそうな歌詞と思うのはうがちすぎでしょうか。
それでは、また。