心に残った歌

今までに心に残った歌(昭和後半~)

バス通り


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「バス通り」
甲斐バンド
1974年11月4日に発売

 

どういった経緯でこの歌を知ったのか、全く記憶にありませんが、甲斐バンドのデビュー曲です。発売時期は僕が高校生のときです。当時、僕が歌を知るルートはほとんどが妹経由だったように思いますので、妹に勧められたのかもしれません。この歌の一番好きなところは、なんと言っても出だしの歌詞です。

 

♪鞄をさげて
♪目の前に現れ
♪おじぎをして
♪微笑んだ時に

 

この歌詞を聞いてすぐにその光景が頭に浮かびました。この出だしを聞いて心を鷲掴みにされたのですが、その頃僕は少女漫画にはまっていましたので、それも影響しているのかもしれません。甲斐さんが書いたこの歌詞は、少女漫画の中でまさにかわいらしい女の子が登場してきそうな雰囲気が感じられます。

 

僕が好きだった少女漫画家の一人に田淵由美子さんがいるのですが、なぜか「クロッカス咲いたら」というタイトルまで覚えている漫画があります。もちろん描くことはできませんが、頭の中にはそのイラストまでもが残っています。

 

そのほかに好きだった漫画家は陸奥A子さんです。なんとなく素朴な雰囲気が好きでした。そして、その系統の先にいたのが「小さな恋のものがたり」を描いていた“みつはしちかこ”さんでした。陸奥A子さんをもっと純粋で無垢にしたような感じの漫画でした。

 

小さな恋のものがたり」は社会人になってからも、なんなら結婚してからもずっと読んでいました。反対に考えますと、それほど長く続いていたほうが凄いことですが、一応2014年に完結したことになっており、結局約50年続いていたことになります。

 

この漫画は“チッチ”という背の低い女の子と“サリー”という長身イケメン男の子との恋愛模様を描いた4コマ漫画です。つまり、初恋ともいえそうな恋愛漫画が50年続いていたのですから、なんとも凄いお話です。

 

僕にはこのほかにもずっと読み続けていた漫画がありました。ジョージ秋山さんが描いていた「浮浪雲」という漫画ですが、大学時代に読むようになり、社会人になっても、そしてラーメン店を開業したあともずっと読み続けていました。ある意味、“意地”で読み続けていた部分もありましたが、浮浪雲も20年~30年くらい読んでいたように思います。

 

話を甲斐バンドに戻しますと、「バス通り」で心を鷲掴みにされた僕は、このほかの歌にも惹かれていきます。「男と女のいる舗道」はバイトしていた花屋さんの忘年会でアカペラで歌ったような記憶があります。

 

しかし、甲斐バンドが本当に世間に知れ渡ったのは「HERO(ヒーローになる時、それは今)」でした。1979年に大手時計メーカーのCM曲として発表されたことで一躍世の中に知れ渡りました。甲斐さんはアウトローと言いますか、マスコミ嫌いを前面に出すタイプのアーティストでしたので、そうしたことも相まって一気に大物歌手の仲間入りになったように思います。

 

なにかのラジオ番組で吉田拓郎さんとの対談をしているときに、「最もシンプルなコード進行でヒット曲を作るのが拓郎」と甲斐さんが笑いながら話していたのを覚えていますが、音楽の知識を持ち合わせていない僕が、そのときに初めてコード進行というものを意識するようになりました。

 

その意味で言いますと、僕は甲斐さんのコード進行が心の中に入りやすい体質のように思います。100万$ナイト(武道館ライブ)というライブ盤のアルバムがあるのですが、このアルバムに収められている楽曲はすべてが僕の中に染みこんでいきます。

 

実は、妻もこの同じアルバムを持っており、つき合い始めた頃に甲斐バンドで話が盛り上がった思い出があります。今では考えられないですが、当時は素直で純朴な妻でしたのでお互いの同じ感覚・感性を喜び合っていたものです。懐かしい思い出…。

 

このアルバムはすべてが名曲なのですが、その中で敢えて一つを選べと言われますと「嵐の季節」かなぁ…。もう長いこと行っていませんが、以前妻と娘の3人でよく行っていたカラオケでは必ず熱唱していた歌です。でも、やっぱりこのアルバムは全部が名曲だな…。

 

甲斐バンドにはまるきっかけとなった「バス通り」は、僕の中の70年代を象徴する歌詞とメロディーです。

 

それでは、また。